―― 日本での始まり、そして研究が示していること
はじめに
パーキンソン病とダンスの関係については、この二十年あまりのあいだに国内外で研究と実践が積み重ねられてきました。一方で、その情報が患者さんとご家族に十分に届いているとは言えません。特に、日本でのダンスプログラムが福岡から始まったことは、県内でもあまり知られていません。本稿では、現時点で分かっていること、まだ分かっていないことを整理してお伝えします。
1.世界での広がりと、日本での始まり
始まりは2001年、ニューヨーク・ブルックリンです。患者団体を率いていたオリー・ウェストハイマーが、マーク・モリス・ダンス・グループに患者向けの本格的なダンスクラスを提案しました。患者としてではなく一人の人間として定義される場が必要だと考えた、と彼女は述べています。
同年、ダンサー2名が音楽家とともに6人ほどの参加者を対象にクラスを始めました。クラスは無料で提供され、現在も無料で続いています。Dance for PDのクラスは現在、6大陸30か国、400を超える地域の提携プログラムで実施されています。
日本でのダンスプログラムは、福岡から始まりました。2016年のことです。
福岡在住のダンスアーティスト、マニシア氏が、海外で学んだDance for PDの活動を国内で始めるにあたり、当時の福岡大学病院の坪井義夫教授に協力を求めたことが出発点とされています。その後、一般社団法人パラカダンスが運営を担い、2019年からは文化庁の委託事業となりました。同じ時期にパーキンソン病専門ホーム「PDハウス」が福岡に新設され、開設当初から施設内でのダンス活動が行われています。
日本での名称は「PDダンス」。Dance for PDを土台に、日本独自のメソッドが開発されてきました。現在も福岡を拠点に月一度の定例ワークショップが開かれ、コロナ禍以降はオンラインでの実施により全国および海外からの参加者が集まっています。2023年には、スペイン・バルセロナで開催された世界パーキンソン病学会議で上映される短編作品の撮影も行われました。
2.研究が示していること
複数の臨床試験をまとめた解析では、ダンスは運動症状の評価尺度(UPDRSの運動スコア)、バランス能力、歩行速度のいずれにおいても有意な改善を示しています。16件の試験、636人を対象とした解析でも、軽度から中等度のパーキンソン病においてバランスと運動症状の重症度を改善しうるとされ、生活の質についても2025年の解析で有意な改善が報告されました。
長期の経過については、カナダのヨーク大学のチームによる3年間の追跡調査があります。パーキンソン病では診断後5年以内に運動機能の低下が速く進み、評価尺度の点数は年間5.2から8.9ポイント悪化するとされています。週一度のダンス教室に通う人たち32名を追跡したところ、参加群では運動機能の低下速度がほぼゼロであった一方、非参加群では予想どおりの低下が確認されました。ただし参加者は32名で、研究者自身がこれを予備的な調査と位置づけており、「進行を遅らせる可能性がある」という表現にとどめられています。
分かっていないこともあります。多くの試験は参加人数が少なく、結果のばらつきも大きいものです。アルゼンチンタンゴに関する近年のレビューでは、バランスや歩行の改善は確認された一方、すくみ足への効果については結論が出ていないとされています。
3.なぜ効くと考えられているか
国際運動障害学会(MDS)の専門家らは、ダンスを、身体運動・認知的な課題・音楽という感覚体験・感情の表現・人との交わりを一度に含む多面的な活動であり、そのためパーキンソン病を抱える人が直面する複数の課題に同時に働きかけうるものと位置づけています。具体的には、次のような仕組みが考えられています。
リズムが動作の合図になる。 歩き出そうとした瞬間に足が動かなくなる「すくみ足」は、動作の合図を出す脳の基底核が損なわれることで起こると考えられています。一方で歩行そのものの運動プログラムは比較的保たれており、音やリズムといった外部からの刺激が、損傷した基底核を迂回して内的なペースを再調整することが分かっています。音楽に合わせて体を動かすというダンスの基本構造が、この仕組みに合致しています。
覚えながら動く。 振付を思い出しながら同時に体を動かすことは二重課題と呼ばれ、人と話しながら歩く、荷物を持ちながら向きを変えるといった日常動作と共通する負荷です。
重心移動が組み込まれている。 前後左右への移動、回転、静止。動的なバランスを要求し、環境に合わせて絶えず体を調整することを求める活動として、転倒予防の観点からも意味を持ちます。
4.こころと症状の関係
パーキンソン病では、精神的な状態が症状の現れ方に影響することが知られています。この点は、ダンスの働きを理解するうえで重要です。
緊張は症状を重くする。 5000人を超える患者を対象とした調査では、ストレスによって運動症状も非運動症状も悪化すると回答されています。影響が最も大きかったのは振戦で、緊張時にふるえが強くなると答えた方は81.8%にのぼりました。ストレス下ではドパミンを補う薬が効きにくくなることも報告されており、米国パーキンソン病協会は、そうした場面での対処は薬を増やすことではなくリラックスできる方法を見つけることだとしています。
裏を返せば、安心して過ごせる環境に身を置くこと自体が、症状に働きかける意味を持つということになります。
感情に関わる回路は比較的保たれる。 パーキンソン病では運動に関わる回路が損なわれていきますが、感情に関わる大脳辺縁系の回路は比較的保たれると考えられており、感情の働きを通じて運動の不具合をある程度補える可能性が指摘されています。2009年のイタリア・ラクイラ地震では、介護施設にいた進行期の患者14人が、普段は介助を要していたにもかかわらず、崩れる建物から全員自力で脱出したと報告されています。極端な例ですが、意欲が高まる日常的な場面での歩行改善にも同じ仕組みが関与している可能性が指摘されています。
音楽と快の感覚。 脳内物質を直接測定する方法を用いた研究では、音楽によって感情が最も高ぶる瞬間に、線条体からドパミンが放出されることが確認されました。線条体のドパミンは、パーキンソン病で不足している物質です。健常者を対象とした研究であり音楽が治療になると言えるものではありませんが、快の感覚が脳の物質の水準で働いていることを示すものとして参照されています。
適度であること。 覚醒の水準と動きやすさの関係は逆U字を描くことが知られています。ある水準までは高まるほど動きやすくなりますが、最適な水準を超えると再び低下します。強い緊張や恐怖でも体は動きますが、それを日常に持ち込むことはできません。穏やかな高まり——楽しさや意欲——であることに意味があります。Dance for PDのクラスが、医療機関ではなくダンススタジオで、専門のダンサーによって行われていることは、この点と無関係ではないと考えられます。
教室の外へ。 英国の研究チームがクラスの前後で歩行を測定したところ、クラス後は音楽なしの歩行そのものがクラス前より改善していました。参加者への聞き取りからは、診断後に失いかけていた前向きな自己像を取り戻せた、孤立感が減った、気分と生活の質が良くなったといった声が報告されており、6か月後の追跡でもその実感が続いていたとされています。
5.参加を考えている方へ
Dance for PDのクラスには、多くの場合、ご家族やケアパートナーも参加できます。付き添いとしてではなく、同じ音楽で同じように踊るという形です。
- ダンスの経験は必要ありません。 振付は参加者の状態に合わせて調整されます。
- 椅子に座ったままでも参加できます。 座位で行うクラスも各地で実施されています。
- 参加する時間帯には工夫の余地があります。 薬が効いている時間帯に合わせると動きやすいという声が聞かれます。判断に迷う場合は主治医にご相談ください。
- 転倒への不安がある方は、事前にお伝えください。 バランスへの不安や最近の転倒歴は、指導者が安全に進めるうえで必要な情報です。
- 始める時期に決まりはありません。 研究の多くは軽度から中等度の方を対象としていますが、これは早い時期に始めた方ほど長く継続できるということでもあります。
おわりに
ダンスがパーキンソン病にもたらす影響には、まだ検証の途上にある部分が残されています。一方で、バランスや歩行の改善、生活の質の向上については複数の研究が一致した方向を示し、緊張が症状を重くし穏やかな環境が体を動きやすくすることも調査によって裏づけられています。音楽とリズム、覚えながら動くこと、人と一緒に行うこと。これらが同時に含まれる活動として、ダンスは検討に値する選択肢と考えられます。
参考文献・情報源
- Bearss KA, DeSouza JFX. “Parkinson’s Disease Motor Symptom Progression Slowed with Multisensory Dance Learning over 3-Years.” Brain Sciences, 2021. https://www.mdpi.com/2076-3425/11/7/895
- Carapellotti AM, et al. “The efficacy of dance for improving motor impairments, non-motor symptoms, and quality of life in Parkinson’s disease.” PLOS ONE, 2020. https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371%2Fjournal.pone.0236820
- “Dance as an intervention for people with Parkinson’s disease: a systematic review and meta-analysis.” 2014. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25268548/
- “Effects of dance on quality of life among people with Parkinson’s disease: Meta-analyses.” 2025. https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0197455625001315
- “Effects of Auditory Rhythm and Music on Gait Disturbances in Parkinson’s Disease.” Frontiers in Neurology, 2015. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4641247/
- van der Heide A, et al. “Stress and mindfulness in Parkinson’s disease – a survey in 5000 patients.” npj Parkinson’s Disease, 2021. https://www.nature.com/articles/s41531-020-00152-9
- Salimpoor VN, et al. “Anatomically distinct dopamine release during anticipation and experience of peak emotion to music.” Nature Neuroscience, 2011. https://www.nature.com/articles/nn.2726
- “Modulating arousal to overcome gait impairments in Parkinson’s disease.” https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC10040128/
- Jola C, et al. “Benefits of dance for Parkinson’s: The music, the moves, and the company.” PLOS ONE, 2022. https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0265921
- 「Stress, Anxiety, & Parkinson’s」米国パーキンソン病協会(APDA) https://www.apdaparkinson.org/article/stress-anxiety-parkinsons-disease/
- 「パーキンソン病のためのダンス」国際運動障害学会(MDS)科学問題委員会ブログ https://ja.movementdisorders.org/MDS/Scientific-Issues-Committee-Blog/Dance-for-Parkinsons-Disease.htm
- Dance for PD 公式サイト https://danceforparkinsons.org/
- PDダンス/Dance for PD Japan 公式サイト https://pddance.jp/
※本稿は、公表されている研究および活動報告をもとにした情報提供を目的としています。症状の現れ方や体の状態は個人によって異なります。ご自身の場合については、主治医にご相談ください。